人を本当に元気づけるにはどうしたらいいのか?

1.はじめに

 

最近、過去に自分が元気づけられたことをしみじみと思い出すことがなぜだか増えた。

 

とても感謝しきれないことではあるし、今の自分を支えている重要なできごとだ。

 

そして、そのお返し・恩返しではないが、自分も人を元気づけられたらどんなにいいだろうと強く思うようになった。

 

人を元気づけるということは、口で言うことはとても簡単だが、本当の意味で人を深く元気づけることってできるのだろうか?自分でも半信半疑なのが、正直なところだ。

 

元気づけるということは、落ち込んでいる人を明るくするとか、逆境に打ちひしがれている人を立ち直らせるとか、そういうこともあるかもしれないが、どちらかというと支えになるという感じではないかと思う。

 

世の中の教育者やカウンセラー、医療従事者の方、コーチ、上司と言われる人、経営者、人事担当者だけではなく、営業の方やモノをつくっているエンジニアの方などすべての方が、自分がサービスを提供するお客様や同僚そして家族など、意識しているかしていないかは別として、「元気づけたいなあ、元気づけられたらいいなあ」と思っているのではないかと思う。

 

そして私も、私が担当するクライアント企業やそこで働く社員の皆さん、転職を支援する転職希望者の皆さん、そして自分の知合いや家族などを本当の意味で元気づけることができたら最高だろうなと強く思っている。

 

でもそんなことができるのだろうか?

 

とても難しいテーマだが、そのヒントを得るためにまずは自分が過去に元気づけられた経験を振り返ることから、始めてみたいと思う。

 

2.私が元気づけられた経験

 

①大学のゼミのT教授

 

大学時代、私は国際政治のゼミに入っていた。

 

教養ゼミと専門ゼミ合計で3年間、T教授に指導していただいたのだが、T教授は大学の中でも非常に厳しい教授として有名だった。

 

毎回のゼミで担当する学生が発表する内容も、国際社会で起こるできごとの原因分析などについて、準備不足で考察が甘いと容赦なく叱責に近い指摘が飛んできた。他の学生の前でつるし上げに近い状態だったが、T教授は妥協したくなかったんだと思う。教授(当時はまだ助教授)の年齢もまだ30代で若かった。

 

学生の発表に対してほめることはほとんどなかったし、T教授からどんな追求をされるのか、学生はみな戦々恐々としている感じだった。

 

そして当然、4年生の最後にはゼミ論を提出しなければならない。

 

その時のゼミ生20人余りに課されたゼミ論の共通のテーマは、たしか「先進国と発展途上国の構造的な格差」だったと思う。

 

私はそのテーマに関連すると思われる資料を片っ端から集めた。35年も前の話で今も発売されているが、当時「エコノミスト」という雑誌があって、国際関係に関する質の高い記事を載せていたので、エコノミスト誌を中心に関連する記事を大量にコピーして読みあさった。

 

T教授は基本的に怖いこともあり、この時は人生の中でもかなり集中して、論理的にモノを考えようとしたと記憶している。

 

資料を大量に読んで、一通り読み終えたある日、論文の構成がとても整合性が取れて、論理的な形でひらめくように頭に浮かんだ。脳にインプットした内容が、ある臨界点を超えて統合されたのだと思う。

 

私は、その頭に浮かんだ統一的に展開されている内容をただ原稿用紙に落とすだけだった。

 

必死に資料を読み、必死に考え、必死に論文を書き上げ、提出したら、あの厳しいT教授から「君の論文が一番良かった」と言われたのだ。

 

ゼミの中で論客でもない私の論文が一番良かった?

 

ただただ論文を完成させることに集中していて、評価されようなどとは1mmも思っていなかったので、自分でもびっくりした。

 

ただ、自分の努力を認めてくれたT教授の一言は、今でも心を熱くするし、誇りでもある。

 

②精密機械メーカーのT社長

 

私が勤めた2社目の会社は、1社目の不動産デベロッパーとは違って、社員数1000人規模の精密機械メーカーだった。

 

そこで私は人事の責任者をやっていた。

 

主に食品スーパーに計量器や包装機、POSレジなどを供給するニッチな市場をドメインとしていたので、大手企業の参入も少なく、安定的に収益を上げられる会社だった。

 

ただその恵まれた事業環境のせいで、会社はぬるま湯に入っている状態で、私が転職した当時は、新しい製品や後継機がなかなか発売にならず、社内はとても沈滞した雰囲気だったし、人事制度も超ウルトラ級の年功序列の制度だった。

 

実はこの会社は、一般的な知名度は無かったが、過去に業界初、世界初というような革新的な製品を世に送り出してきた、創造的な会社だったのだ。

 

その時、当時のT社長が新製品を生み出す力を取り戻すために、事業部制を超えたミニカンパニー制の導入を検討をするように人事部に指示があった。

 

株式会社ミスミのチーム制をイメージした、各カンパニー(事業部)の業績に応じて高額なインセンティブ賞与を支給するかなりドラスティックな制度だった。

 

制度全体のイメージはT社長の頭の中にあったが、その実際に運用する制度の詳細設計は人事部に任されたのだ。

 

そうした人事制度や組織制度の検討を担うのは当時人事部の中では私しかいなかったので、ミスミの人事制度や他の成果主義人事制度の資料を片っ端から調べ、実際に先進的な人事制度を運用している会社にヒアリングをしにいったりもした。

 

そうして、資料なども読みつくしたある日、いつも制度設計のことが頭にあるような状態だったが、帰宅後シャワーを浴び終わって、バスルームのドアをガチャっと開けた瞬間、頭の中で一つの人事制度がダダダっと書けてしまった。

 

大学のゼミ論の構成が一瞬で決まったことに似たようなことが、また起こったのだ。

 

本当に不整合さや違和感の無い形で、制度を詳細に描けたのだ。脳の中で、インプットした情報がある意味完全な形で統合されたのだと思う。

 

そして、その頭に浮かんだ人事制度を翌日Wordに書き上げたら、23ページぐらいにおよぶものになっていた。

 

T社長は、自分が一番優秀だと思っている人で、社員から提案されたことは、ほとんど否定するし、人を褒めたことが一度もないと言われている人物だった。

 

そのT社長に自分が構想した人事制度を恐る恐る提案したところ、「いい制度ができたじゃないか」と意外にもお褒めの言葉をいただき、ほとんど修正することもなく、あっさり通ってしまった。

 

人を褒めたことがないといわれるT社長からほめられたことは、今の自分の仕事の支えになっているし、最善を尽くせたという証で、ささやかな誇りでもある。

 

ほとんどのことを否定するT社長のことは最後まで好きにはなれなかったが、「いい制度ができたじゃないか」という一言は、今でも私を元気づけていることは確かだ。

 

③入院中の主治医Y先生

 

2010年の11月、私は突然歩けなくなった。

 

突然と言っても徐々にではあるが、だんだん階段を上ることができなくなり、数週間のうちに全く自力で歩けなくなった。

 

歩けなくなっただけではなく、首から下の運動機能をほとんど失い、最後には自分で寝返りも打てなくなった。

 

いわゆる自己免疫不全で、自己免疫機能がある意味暴走して、本来はウイルスなどを攻撃するところが、自分の神経を攻撃してしまい、運動をつかさどる神経が麻痺して動けなくなるという難病だ。

 

最初は病名や原因もわからず、不安な日々を過ごしたが、ステロイドという薬が効いて、5カ月半の入院の後に無事退院できた。

 

この5カ月半は回復するまでまさに病院のベッドにいなければならず、ステイホームならずステイベッドで自分と本当に向き合う生活をしていたのだが、この時の内省の中で、その後の人生を変えるような「想い=人生理念」を得ることができたが、その話は別の記事で書いているので、そちらを読んで欲しい。

⇒ブログ「人生の目的と出会う至福」

この入院中に私を担当してくれたのが主治医のY先生だった。

 

入院した直後、Y先生は私のベッドまで来てくれて、「一緒に治しましょう!」と言ってくれた。「一体自分はどうなっちゃうんだろう?」と途方に暮れていた自分にとっては、医師のその力強い言葉に本当に救われた。

 

それにもまして、Y先生は毎朝回診で、自分の様子を見舞ってくれたのだ。

 

来る日も来る日も見舞ってくれた。それはもちろん医師としての仕事の一環だったと思うが、やはり大学病院の先生に毎日見舞ってもらえるというのは本当に心の支えでもあり、希望でもあり、誇りでもあった。

 

別に励ますような言葉をあえて言ってくれるわけではないが、私に安心を与え、確実に元気づけてくれたことは間違いない。

 

④コーチングの師匠であるTコーチ

 

Tコーチとのお付き合いは、私が先に述べた精密機械メーカーで企画していた新入社員研修に講師として担当いただいたことが始まりだった。

 

新入社員にしっかりと判断軸を持たせ、力強く職場で自走してもらいたいと思い、新入社員一人ひとりの「人生理念」を明確にするという研修が気に入って、研修をお願いした。

 

この研修を実施する前から、明確な目標を持つことが自分を強くすることを経験的に知っていたが、Tコーチの研修はそうした目標を超えた、心の底にある人生の目的を明確にしてそれを軸にするという生き方の提案は私に衝撃を与えた。

 

それから、ことあるごとにリーダー研修などを含めて研修をお願いすることになったのだが、研修の後に一緒に飲みに行ったり、Tコーチのセミナーやプロ・コーチ養成講座に参加したりして、ときどきプライベートに近い相談にも乗ってもらったりもしていた。

 

実はTコーチに相談をしてもほとんど何かアドバイスをしてくれたことはなかった。たぶんあえてそうしていたんだと今から思うとわかるのだが、私はTコーチから直接的な答えが得られないのでやや不満でさえあった。

 

ですから、Tコーチからは相談で何か元気づけられたということではなく、何気ない「石倉さん、〇〇のレベルがあがりましたね。石倉さんは今このレベルにますよ」などとときどき言ってくれたり、私だけにとても重要な真理の話をしてくれたこともあった。

 

そうした何気ない声がけや大事なことを話してくれることは本当に私を気にかけ、存在を認めてくれたなと思い、実はその時には感じていなかったのだが、とても自分が元気づけられていたなと思うし、そのことが確実に今の自分の支えになっている。

 

それまで私は周囲に対してとても強がっていたが、実は自分自身に対してあまり自信が無かった。ただそうした中で、尊敬するTコーチが私を何気なく気遣い、大事に扱ってくれたことは私の自尊心や自己効力感を非常に高めてくたのは間違いない。

 

そのことに私は今でも元気づけられているし、前に進むパワーになっている。

 

3.人を元気づけるということ

 

人を元気づけるということは、私のつたない経験から見ると、そんなに大そうなことではない。

 

私の経験から元気づけるということを類型化すると、下記の3つに集約される。

 

①相手を気づかい、ただただ見舞う

②相手の成長に気がついて、伝える

③相手の成果を、単純に褒める

 

ただ相手を気づかい、会いに行ったり、気がついたことを伝えているだけだ。

 

何も難しいことも、そんなに大変な努力もいらない。

 

でも相手の存在を認めたり、相手の変化や成果に気づいたりしないといけないので、相手に関心を持って、よく見守っていないとできないことだ。

 

でもただそれだけだ。

 

でもその見守ってくれて、気づいたことを率直にいってくれるというのは、本人にとってはとてつもないインパクトを与える。

 

一生本人の心をあたたかくするインパクトだ。

 

これはコーチングでいうところのアクノレッジメントに当たると思う。

 

コーチ・エイの鈴木義幸さんによると、アクノレッジメントとは「相手のことを認める」という意味の「承認」である。

 

クライアントの自己成長に対する認知を促進する技術として、コーチングの中で重要な柱になっているという。

 

人は、自分の行動から自身の成長や変化を実感するので、クライアントに現れる日々の違いや変化、成長、成果にいち早く気づき、伝えることで、クライアントには達成感とともに次に起こす行動を促進するエネルギーが備わるのだそうだ。

 

そして、アクノレッジメント(承認)には次の3つの視点があるという。

 

①存在承認:相手の存在に気づいていることを伝える

②成長承認:相手の成長点を的確に伝える

③成果承認:成果を伝える、誉める

 

まさに私が元気づけられたときに、私を元気づけてくれた人がしてくれたことだ。

 

人は相手のちょっとした思いやりや気遣いなどで、少しでも心が通った、心が通じ合えたと感じたときにパワーをもらうことができる単純な生き物なのかもしれない。

 

人を元気づけるということはそんなに難しいことではないのではないだろうか?

 

ただ人を思いやり、気になったら何気なく見舞い、その中で気がついたことをただそのまま伝えれば良いのではないだろうか。

 

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